ブランドの背景にスポットを当て、ものづくりの秘密に迫る「・・・」。
今回は、服作りの現場から一歩はなれた話題です。
《一番好きな季節》
──以前3月にこの「・・・」で「Mix」というテーマでS/Sシーズンのアイテムについて話を伺いましたが、そもそも千田さんにとって「夏」とはどんなシーズンですか。
千田(以下C):そうですね、夏と聞いて最初に連想するイメージは、まず開放感かな。
自然のある場所に遊びに行く。
──と言うと、夏は好きな季節になりますか。
C:好きですね。一番好きというと夏になるかな。
仕事をするには、秋とか春の方がいいのですが、夏はもう太陽の光の強さがうれしい。
気分も開放的になりますね。
山や海に出かけたくなります。
──山と海ではどちらが好きといった好みはありますか。
C:まぁ、どうでしょうね、海は気持ちが開かれるというか、小さな悩みなんか全部消えてしまう。
でも親近感を感じるのは、どちらかと言えば山なのかな。
育った場所のせいもあるかもしれないですね。
《つらかったけど、それ以上に気持ちよかった》
──実際に登山をされますか。
C:いや、そんなに行かないけど。
まだ27〜28才のころ、長野か山梨だったかな、夏に2000mクラスの山に登ったのは今でも印象的ですね。
つらかったけど、それ以上に気持ちよかった。
見えるものが違うと言ったらいいかな、普段目にする景色とはまったく違いますし、山頂に立った時の達成感も、なかなか他では得られないものかもしれません。
──なんだかうらやましいですね。
C:ひとつひとつの体験が濃い。
例えば、途中途中で休みを取りながら登っていく合間、ちょっとずつ口にするものは、もうこれが何でもおいしい。
体にしみ込んでいく。
あと、途中に何カ所か水をくめる場所があり、そこでボトルは水でいっぱいにしておきたいのですが、パンパンにしちゃうと重くて荷物になる。
その重さがつらくなる、という変なジレンマがあったのも、今考えると面白かったですね。
ちょっと大げさだけど人生にも例えられるようなことだと思いました。
休憩のタイミングで、ビールなんか飲んだらおいしいだろうなと考えるんですよ。
でも、そんなもの持っていたら、またこれがまた荷物になるし、酔っぱらってしまうこと自体危ないから、やはり飲めない。
夜に飲むためだとしても、ビールは持っていくには荷物になるので、かさばらないアルコール度の強いお酒、ウィスキーでしたね。
《人が生きていく上で最低限必要なもの》
C:山に行く時には本当に必要なものしか持たない。
反対に、かなり大げさかもしれないけど、山に登る際の持ち物があれば、人はどうにかやっていける。
最低限人が生きていく上で必要なもの、また一方で、普段、暮らしの中でどれくらい贅沢にものを持っていたかを実感させられます。
──それはおもしろいですね。普段の暮らしの中ではちょっと気づかないことですね。
C:他にも普段の暮らしではあまりに当たり前のことが、ひとつひとつ印象的でした。
暗くなると晩ご飯つくって食べる。
お酒は、ウィスキーをちびちび飲んだだけで、もうすぐに酔いが回ってしまう。
ずいぶんゆっくりしたなと思って寝ても、まだ時間は夜9時。
でも、もうこの時間で本当に眠いんですよ。
それでまた、夜が寒い。
さらに朝起きると、もっと寒い。
その朝寒い中、テントを出た時に、自分たちのいる場所より下に、雲が広がっている景色が突然飛び込んでくる。
あの景色は今での忘れられませんね。
──本当に非日常の連続ですね。
C:キツいことが多いんだけど、その分体験が鮮烈です。
そういう過程を踏んで登りきった時の達成感は、それは格別でした。
僕はその後山に通う程にはなりませんでしたが、クセになるという気持ちは、なるほど、こういうことかと実感しました。
ストイックと言ったらいいのかな、ちょっとしたことがひとつひとつ自分との戦いになりますね。
《ちゃんと使える商品を作りたい》
──山では服装も重要になりますよね。
C:その時のことを今考えると、決して登山に向いた服装ではなかったですね。
ファッションをまったく無視した格好ででかけるというのは、今以上にどうしても抵抗がありましたが、そういう基準で服を選ぶと、機能面では劣ります。
その頃は、まだ今ほどアウトドアアイテムが充実していませんでしたし。
着ていったのが自分でデザインしたTシャツでしたが、登山で求められる吸湿性みたいなものはまったくありません。
荷物も、いまの登山用のバックパックは背中にシェルが入って通気性も確保されているけど、僕が使っていったのは、ナイロンでできた軍モノの払い下げで、ハイテクな部分なんてどこにもない。
ベルトが肩に食い込んでひどかった。
逆説的に、本物のアウトドアアイテムの凄さ、重要性を実感させられましたよ。
──いま sage de cret で GORE-TEX® を使ったラインも作られていますが、そういう当時の経験がやはりはね返ってくるものですか。
C:それはすごくありましたね。
GORE-TEX® はファッション的な視点から見ても魅力的だけど、ただブランドネームとして使うのでなく、やはり機能性という観点からもちゃんと使える商品を作りたいという意識があります。
以前にも話した通り、登山用のアイテムは直接生命に関わりますから、まずジャパンゴアテックス社側の規格自体がとても厳しい。
sage de cret で GORE-TEX® 素材を使い始める際に知ったのですが、登山用のアイテムは、常に危険と隣り合わせに思えるバイク用のものより、さらに厳しい規格があって驚きました。
《海の力、波の力》
──一方海は...
C:海は、また山とは全然違う印象かな。
──夏の海と言っても色々ありますよね。
C:どちらかというと僕の中では、レジャーといったニュアンスかな。
個人的に関心の強さで登山に匹敵するのはサーフィンかも知れないですね。
人と話していても、ちょくちょくサーフィンのことが話題に挙がるんですよ。
話を聞いていると興味がわいてきます。
僕は20代の頃、ファッション以外で一番夢中になったのがはバイクで、実際そこに多くの時間を割いていたこともあり、当時からサーフィンも気にはなっていたのですが、結局やりそびれましたね。
あとは、当時はもしかしたら、自分には少し敷居が高く感じていたのかもしれません。
──アメリカ、西海岸なんかだと、50才を過ぎてから始める人も多いみたいですが、今後やってみようと思ったりしますか。
C:そうですね、機会があればちょっと見てみたい世界ですね。
そもそも海の力、もしくは波の力っていうのは、ボードがなくても海に入るだけでも感じさせられますよね。
ああいう力には圧倒されます。
《都会の中で忘れてしまう自然の大きさや力強さ》
あと、海でひとつ印象的だったのは、カタログ撮影で行った八丈島。
もうしばらく前だけど、ナイジェル・スコット×ホマレヤの写真集撮影のため、2泊3日の予定で行ったんですよ。
撮影自体はすごく順調進んだのですが、いざ帰る日になってみたら、天候が悪く飛行機が欠航になり、足止めを食いまして。
しかもそれが、翌日もそのまた翌日も飛ばず。
結局5泊もして、最後は飛行機をあきらめて、フェリーで帰ってきたことがありました。
島にいた間、そこからは動けないけど、時間だけはたっぷりある。
撮影も続けながら、海に何度も通いました。
いつ帰れるんだろうという思いもありながら、ゆったりとした時間を、長い時間を海と接して過ごした、不思議な経験でした。
海にしても山にしても、都会の中で普段暮らしているとつい忘れてしまう自然の大きさや力強さを感じさせてくれる。
それはすごく優しい部分、穏やかな部分もあり、一方で凶暴で怖い部分もある。
あまりに巨大というか、もし一人だったらなんてふと考えると、自分の小ささみたいなものを実感してしまいます。
《自然の力を身体に通すことで感覚をクリアにする》
──将来、海でも山でも、自然に近い場所で暮らしてみようと考えたりはしますか。
C:ちょっと、今は想像しにくいかな。
今のように都会で、東京で暮らしていると、時々自然が欲しくはなります。
ただ、自然の中で長く過ごしていると、きっと今度は刺激が欲しくなると思うんです。
服作りをしていく上では、都会の刺激を肌で感じていたい。
リアルクローズの服作りをしている以上、世の中の流れや「いまの気配」みたいなものを、僕は無視できないと思っています。
前回の「・・・」でもちょっと話したけど、東京には良くも悪くもそういうものがあふれている。
やっぱり僕にとって一番やりたいこと、一番大事なことは服作りで、そうするとやはり東京を離れるというのはちょっとまだ考えにくいですね。
ただ、東京の中にずっといると、それはそれで感覚が麻痺してくるのか、刺激になれていってしまいます。
そんな時に、自然の中で過ごす時間が大切で、自分を一旦リセットしてくれる。
自然と対比することでいっそう都会が見えてくるというのかな、自然の大きな力を身体に通すことで、感覚をクリアにする、そんな作業なんだと思います。
自然に触れて企画のアイデアが湧き出てくることはそんなにないですが、服作りをするための感覚を磨いていく上では欠かせない要素になります。